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辞書をめぐるコミック中国語翻訳論争?

人気の漫画は様々な言語に翻訳されて、世界中で販売されています。台湾では近年中国から入ってくる映像作品や出版物も少なくなく、その影響が増す中で、「中国式中国語」がそのまま台湾で使われることに対する議論が熱を帯びています。

最近話題になったのは、ある出版社が台湾で発行した翻訳コミックに登場した「小賣部(シャオマイブー)」という言葉。これがSNS上で大きな議論を呼びました。本コラムでは、言葉に敏感な台湾のエンタメファンの反応や、中国語翻訳の根拠となる台湾政府の国語辞典(オンライン辞書)についてご紹介いたします。

目次

1. 「小賣部(シャオ マイ ブー)」とは

「小賣部」は、中国や香港では一般的に「学校や公共の場にある売店」などを指します。日本語の「購買部」の対訳として使われています。台湾では「小賣部」という言葉はあまり耳慣れない表現であり、同様の場面では「合作社」や「福利社」といった表現が一般的です。台湾の漫画のセリフにこの言葉があり、違和感を持った読者がSNS上で問題提起したことで、中国語表現の適正をめぐる議論が巻き起こりました。

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2. 出版社の説明

SNSで炎上すると、出版社側は説明に追われました。急ぎ、「小賣部」の中国語翻訳については校正段階で確認済みで、教育部の『重編國語辭典修訂本』に収録されていたことを根拠に、そのまま使用を認めたと説明しました。

ところが、議論はおさまるどころか、ネットユーザーからはこの説明に対し、「台湾政府の教育部『重編國語辭典修訂本』は中国の影響を受けすぎている」「台湾の日常的に使用する中国語としては適していない」といった批判の声があがり、議論は益々熱を帯びていきました。

3. 台湾教育部の辞書『重編國語辭典修訂本』

教育部『重編國語辭典修訂本』は、中古から現代にかけての語彙や音声・用例を広く収録した学術性の高い大型辞典で、特に語言研究や教育の現場で重要な辞典とされています。オンラインで検索しやすく整理され、最新版は2021年10月に公開された第6版が現在使用されています。私たちも翻訳作業でよく参考にしている辞書のひとつです。
※教育部は、日本の文部科学省に相当する政府機関です。

教育部『重編國語辭典修訂本』

この辞書で「小賣部(シャオ マイ ブー)」を検索すると、次のような説明が出てきました。これを見る限りでは、問題なく使っていいように感じます。

ではなぜ、台湾の教育部が編纂した辞書に、中国の表現や用語が含まれているのでしょうか。これは、『重編國語辭典修訂本』の主任委員によると、次のような理由によるものだそうです。「本辞書は、両岸(台湾と中国)の交流が深まる中で、中国の日常生活でよく使われる語句も併せて収録することで、相互の理解を深め、文化交流に資するものである」

4. 台湾教育部の辞書『國語辭典簡編本』

興味深いのは、議論の中でもう一つの辞書『國語辭典簡編本』の重要性が指摘されていることです。こちらも、台湾政府の教育部が編纂した辞書で、オンラインで無料公開されており、台湾の教育現場などでも多く使われているようです。

こちらの辞書を調べてみると「小賣部」は収録されていません。他にも、中国式の中国語である「視頻(=ビデオ)」や「零花(=お小遣い)」といった言葉もありませんでした。こうしたことから、この辞書は、台湾社会における日常生活で自然に使われている語彙をより正確に反映していると考えらます。

教育部『重編國語辭典修訂本』

5.まとめ

今回の事例は、単なる表現の違いにとどまらず、翻訳やローカライズにおける「文化的適合性」や「対象読者への配慮」の重要性を改めて浮き彫りにしました。コミックやゲームなどエンタメ系はとりわけ、読者が違和感なく理解できて楽しめる表現を選ぶ必要があるため、こうした状況には敏感になる必要があるでしょう。たとえ正規の辞書に収録されていても、その言葉が実際の台湾社会でどの程度使われているのかを見極めることも大切です。

発展の目覚ましいAI翻訳も、こうした辞書リサーチまでした上で、中国の中国語と台湾の中国語を使い分けることができる日もそう遠くないかもしれません。

私たちは中国語翻訳のプロとして、常に言葉に敏感であるよう感性を研ぎ澄まし、お客様のビジネスに有効で、エンドユーザーがストレスなく楽しめる中国語文を作ることにこれからも邁進して参ります。中国語翻訳に関することなら、どうぞミエトランスレーションサービスにお気軽にお問い合わせください。