「私」「わたし」「ワタシ」「僕」「ぼく」「ボク」「俺」「おれ」「オレ」――。
日本語には、実にたくさんの一人称があります。
日本人であれば、「僕」と話す人と「俺」と話す人から受ける印象が違うことは、感覚的に理解できるでしょう。さらに漫画やゲーム、小説などでは、同じ「わたし」でも、「私」「わたし」「ワタシ」と表記を変えることで、キャラクターの年齢や性格、雰囲気まで表現することがあります。
ところが、中国語では事情が大きく異なります。
中国語の一人称は、基本的に「我」です。
では、日本語の「私」「僕」「俺」を中国語に翻訳したら、すべて同じ「我」になってしまうのでしょうか?
そして、一人称に込められていたキャラクターの個性は、どこへ行ってしまうのか?
今回は、日本語から中国語へのゲーム・漫画などのコンテンツ翻訳で、台湾人翻訳者がどのようにキャラクターの「声」を読み取り、中国語で再現しているのかをご紹介します。
目次
1.日本語の一人称は、キャラクター設定の一部
日本語の一人称には、それ自体に多くの情報が含まれています。
たとえば、
「僕がやります」
「俺がやるよ」
「私がやります」
意味だけを見れば、いずれも「自分がやる」という内容です。
しかし、日本人がこの3つを読めば、話している人物について、それぞれ異なるイメージを持つでしょう。
「僕」なら穏やかな男性や少年、「俺」ならくだけた男性や自信のある人物、「私」なら比較的落ち着いた人物……といった具合です。
創作作品では、さらに表記そのものもキャラクター設定に利用されています。
「僕」と「ぼく」と「ボク」。
「私」と「わたし」と「ワタシ」。
「俺」と「おれ」と「オレ」。
読み方は同じでも、文字から受ける印象は微妙に異なります。
つまり、日本語の一人称は単に「自分」を指しているだけではなく、キャラクターの年齢、性別、性格、育った環境、相手との関係性などを伝える役割も担っているといえます。
2.中国語では、ほとんどが「我」
現代中国語の会話における標準的な一人称は「我」ですが、歴史を遡ると、身分や地位、役職などに応じて使い分ける『極めて多様な一人称』が存在していました。
現在でも、歴史ものや武侠ジャンルの場合は状況に応じて「吾」や「俺」などの一人称を採用することがあります。しかし、一般的なジャンルの場合は、ほとんどが「我」の一人称が使われます。
日本語の「私」も「僕」も「俺」も、中国語に翻訳すると「我」になってしまうのです。
では、
「僕は知らないよ」
「俺は知らねえよ」
「私は知りません」
これらの一人称がいずれも中国語の「我」になってしまうのであれば、原文が持つ人物像まで同じになってしまうのでしょうか。
もちろん、そうではありません。
このような場合は、キャラクターの性格に合わせて用詞や語調などを調整することで対応します。
ここが、日本語から中国語へのキャラクター翻訳で、翻訳者の腕が問われるところです。
3.「僕」と「俺」の違いを、「我」以外の部分で表現
日本語の一人称が持っていた情報を、中国語では一人称だけで再現することが難しいため、台湾人翻訳者はセリフ全体を使ってキャラクターを表現します。たとえば、語尾や助詞、語彙の選び方です。
日本語で穏やかに「僕はそう思うよ」と話している人物なら、中国語でも柔らかく自然な話し方を選びます。
反対に、「俺はそんなこと知らねえよ!」という荒っぽい人物なら、「我」を別の一人称に置き換えるのではなく、セリフ全体の語調を強くしたり、くだけた語彙を選んだりすることで、その人物らしさを表現します。
つまり、
日本語:一人称そのものでもキャラクターを表現する
中国語:セリフ全体の言葉遣いでキャラクターを表現する
という違いがあります。
「僕=○○」「俺=△△」というように単語を一対一で置き換えるのではなく、原文の一人称が担っている情報をいったん読み解き、それを中国語として自然な別の表現に「移し替える」必要があるのです。
4.「わたし」と「ワタシ」の違いはどうする?
さらに難しいのが、文字表記そのものに意味があるケースです。
たとえば、漫画のキャラクターが普通に「私」と話すのではなく、あえて「ワタシ」と自称しているとします。作者がわざわざカタカナを選んでいるのであれば、そこには何らかの意図があると考えられます。
外国人らしさを表しているのか。
ロボットやAIなど、人間ではない存在なのか。
独特な話し方をする人物なのか。
それとも、単純にキャラクターの個性を際立たせるためなのか。
中国語には、日本語のように漢字・ひらがな・カタカナを切り替える仕組みがありません。
「私」も「わたし」も「ワタシ」も、普通に訳せば「我」です。
そこで翻訳するときは、「ワタシ」という文字を訳すのではなく、作者がなぜ「ワタシ」と書いたのかを考えるのです。
そして、その意図をキャラクターの話し方や語彙、文体などに反映させていきます。これは単純な言葉の置き換えではありません。原文に込められた「見えない情報」を読み取り、中国語で別の形にして再現する作業なのです。
5.キャラクターごとに「話し方」を設計する
ゲームや漫画など、登場人物が多い作品では、さらに重要になるのがキャラクターごとの話し方の統一です。
たとえば、
• 真面目で礼儀正しい青年
• 元気いっぱいの少年
• 豪快で少し乱暴な男性
• おっとりした女性
• 尊大な王様
• 人間らしい感情を持たないAI
日本語では、一人称や語尾だけでもこうした違いをかなり表現できます。しかし中国語では、それをそのまま移植することはできません。
そこで台湾人翻訳者は、原文からそれぞれの人物の性格や立場、他者との関係性を読み取り、「このキャラクターなら中国語でどう話すか」を考えます。
使用する語彙、文章の長さ、語調、丁寧さ、くだけ具合、感情の出し方――。
そうした細かな要素を組み合わせながら、中国語版でもキャラクター同士の「声」が同じにならないよう調整していきます。
長編ゲームなどでは、一人のキャラクターが何千、何万ものセリフを話すこともあります。そのため、翻訳者個人の感覚だけに頼るのではなく、キャラクターごとの口調や呼称などをルール化し、プロジェクト内で共有することも重要です。
6.翻訳するのは「我」ではなく、その人物らしさ
「私」「僕」「俺」。
日本語では明らかに違うこの3つも、中国語では「我」という一文字になることがあります。しかし、だからといって翻訳によってキャラクターの個性まで消えてよいわけではありません。
台湾のユーザーに「そのキャラクターらしさ」を届けるために、原文をそのまま置き換えるのではなく、原文に込められた意味や意図、キャラクターの個性を読み取り、ターゲットとなるユーザーに自然に伝わる中国語へと再構築することが重要です。
米耶翻譯では、ゲームをはじめとする各種コンテンツの日本語から中国語(繁体字・簡体字)への翻訳・ローカライズを行っています。当社では、プロジェクト設計から翻訳、品質管理、納品後のフィードバックまで翻訳工程を標準化し、翻訳サービスの国際規格「ISO 17100」の認証も取得しています。
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